November 06, 2007

■東京ドームでホルモー

 さて、ワールドシリーズも日本シリーズも終わったわけだが、それにしてもやっぱり、ペナントレースで優勝したのに日本シリーズには出られもしなかった巨人は気の毒というかなんと言うか、巨人ファンでない僕から見てもなんともすっきりしないプロ野球の昨今である。
 いっそのこと初めから『優勝』などと言わずに、『予選一位通過』とでもすればいいのである。
 135試合予選して決勝トーナメントは3試合か5試合。F1で言ったら予選を50周走って決勝3周みたいな。すごいバランス。プロ野球崩壊。
 
 まあそれはいいのだが、そのセ・リーグの巨人が負けたナントカシリーズを見ていたときのことである。負ければ後がない最終戦。巨人はベンチ裏に盛り塩をしたらしい。それを聞いて、うちではこんな会話があった。

「盛り塩だってよ〜。終わってんな〜。」と笑う僕。するとうちのセニョリータ(巨人ファン)が 
「必死なんだからしょうがないじゃないのよっ。」と応戦。僕もちょっと熱くなってしまった。
「だって負けてるのは運じゃなくて自分たちが弱いからだぜ。縁起を担ぐ前にプロとしてやることがあるんじゃないの? 相手は同じプロ野球の選手なんだから。何も得体の知れない何かと戦ってるわけじゃないんだぜ? ホルモーじゃないんだよ、ホルモーじゃ。」

 ホルモー。
 やっと今日の本論にたどり着いた。今日の主題は野球の話ではなくて本のレビューである。

 『鴨川ホルモー』 万城目学 著

ホルモー

 ストーリーは京都の大学に入学した若者たちが『ホルモー』と呼ばれるずっと昔から続く謎の風習に巻き込まれていく…、というもの。シリアスかつミステリアスで手に汗握るパートもあるが、全体としてはコミカルな軽いタッチで描かれる青春ものと言ってもよいだろう。その年頃の青年たちの生活や行動パターンに、誰もが我が身を重ねて笑ってしまうに違いない。
 また舞台が京都であり、京都を訪れた事がある人なら尚のこと楽しめる。いやむしろ、このストーリーは東京などではなく、京都だからこそ生きているとも言える。あっけらかんとした若々しい笑いに小説としての重みをピリリと利かせているのは、古都の歴史の重さそのものであるように感じたのだが、どうだろう。

 てなわけで、ホルモー。一味違った青春小説としてお勧めしたい。読後感も爽快で気持ちよく心に残る作品である。
 さて、映画化は!?



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July 05, 2007

■映画を観ずにサントラを聴く 『バベル』

映画のサントラが好きで、よく聴く。映画を観ていなくてもサントラだけ聴くということもたまにある。純粋に音楽だけを楽しんだり、勝手に映画のイメージを想像して、それをなぞる自分だけのBGMとして聴いたり。最近そういう聴き方をして気に入っているのは『バベル』 のサントラ盤だ。

なんと言っても坂本龍一氏のテーマ曲が美しい。人間の孤独。心と心の間に吹く冷たく乾いた風。そんな悲しみの揺らめきを完璧に表現したような切ないメロディが胸に染みる。

サントラで想像したイメージと実際の映画のイメージが違ったりすることもあるのだが、それもまた一興。映画館に見に行けなかった『バベル』も、いずれDVDででも見てみるつもりだ。果たしてラストは、想像した通りかな…。



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May 31, 2007

■フェラーリと鉄瓶

今日は本のレビューを。

奥山清行という方が書いた 『フェラーリと鉄瓶』 を最近読んだ。奥山さんは山形出身のデザイナーで、世界の自動車会社などでデザイナーとして活躍、数年前にフェラーリ・エンツォをデザインしたことで一躍有名になった方である。
本の内容は奥山さんが海外の会社で経験したこと、特にイタリアでの生活などが簡潔な章立てで書かれている。イタリアではコーヒーにたっぷり砂糖を入れるほうが男らしいという話に「へえ〜」と思ったり、デザイン論の章では日本の自動車メーカーの名前が浮かんできて思わずニヤリとさせられたり。ビジネスに関する話も小難しくないので素直に読める。
そんな中で僕が一番心引かれたのは最終章の、奥山氏が故郷・山形について語っている章である。

早くから海外で活躍していた奥山氏だが、そんな氏も以前は山形出身であることを「ひた隠しに隠していた」そうである。その気持ち、山形県人なら非常によくわかる。
実際僕の少し上の世代くらいまでの人には、山形出身であることへ異常なまでの劣等感を持っている人間が少なくない。「山形は何もないところ。つまらないド田舎。」そんな思いは多くの県民の心の奥底に漬物石の様に居座り、長らく動かしがたいものとして存在していたのだ。

しかし奥山さんは今はもう山形出身であることを普通に口に出せるという。むしろそれが話題の種になることを楽しんでいるのだとも言う。その気持ちもよくわかる。
それは奥山さんが大きな仕事を成し遂げたことで自信を持たれた事もあるかもしれないが、一般県民にもその意識は広がっていると思う。僕らの世代あたりから、ちょうど交通などの発達も進んだことから少し県外界に対しオープンになってきた気がするし、その下になると山形であることはほとんどハンディに思っていないようである。
そして人々が故郷と向き合ったとき、そこに自然に生まれる問い。

「山形は本当に何もないところなのか?」

確かにここは人口は130万ほどしかいない小規模県で、目玉になるようなスポットもこれといってない。だが訪れる人をカネに換算するような観光立県がいいわけじゃないし、スタバのコーヒーを飲めば洒落た人間になれるわけでもないだろう。
豊穣で穏やかな風土で培われてきた技術や文化があり、それを苗床に生まれる才能には県境も国境もないのだ。そういう当たり前のことに、人々は気がつき始めている。

氏が中心になって山形から進めている、ものづくりプロジェクトのHPもある。山形の伝統技術とイタリアで認められたデザインセンスの融合。見ているだけで楽しい。
 ⇒ ★山形工房<リンク>

この 『フェラーリと鉄瓶』 、山形に縁(ゆかり)のある人ならぜひ一読する価値がある本だと思う。もちろん山形に関係ない人が読んでも面白いし、『山形』を他の県に置き換えても何ら変わることはない。
加えてさすがにデザイナーの方の本だけあって装丁も美しい。カバーを取った中身もとてもきれいだ。 



beautiful YAMAGATA !



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May 30, 2007

■苦手と言わず恋愛映画

今日のホワイトキャットブルースはイントロクイズからスタートです。これから私が歌う最初のワンフレーズを聞いて、曲名を当ててください。それでは出題です。

♪ シィ〜 メイビ

あ、答え出ちゃった。


はい。
さて僕は見てませんが今日テレビで放送していた例の披露宴の入場の曲が映画 『ノッティングヒルの恋人』 でおなじみの 『She』 だったようですね。あの映画は大好きです。ただしわたくしあくまでラブコメ好きとかではありませんから念のため。


『ノッティング〜』には好きなシーンがふたつある。
ひとつはヒューグラントが失意の中で町を歩くシーン。通りの風景がワンカットで四季折々折りに変わっていく、あの場面である。映画ならではの映像の驚きがあってとても面白い。ああいう一発の名場面があると企画だけで作ったんじゃなく作品としてまじめに撮ったんだという気合が伝わってくるし、ずっと心に残るものである。

それからもうひとつは、アナをふったウィリアムの決断を仲間みんなが肯定し合っている所へ変わり者のスパイクが現れ、その正直なツッコミ一言で全員の目が覚めるシーン。そこから物語はエンディングへ向けて怒涛の展開に走り出すのだ。
ああだこうだとこねくり回された理屈が本能から出た正直な言葉でぶち壊されるという、単純だけれども深い快感があって大好きな場面である。

その 『She』 が収録されたサントラ盤もなかなかよい。
音楽・映像ともに大人の雰囲気で楽しめる良い映画である。すれ違いの場面とかが少々かったるいと思っても、それは欠点ではない。なぜって、かったるいのも恋愛の一部でしょ。

♪ シィ〜



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May 23, 2007

■地味なアルバム

「ネタがないときゃレビューしろ!」
これはホームページやブログを運営している者にとっての金言と言っても良い言葉であろう。更新のネタがないときはとりあえず最近聞いたCDの感想とかをアップしておけばその場がしのげるのである。
 とは言え個人サイトのレビューというのも結構あなどれない。雑誌や企業サイトの、広告主の顔色を伺ったちょうちん記事とは違うリアルな情報や感想があり、実際僕もかなり参考にさせてもらっている。だから僕も時々レビューみたいなことをしてネット世界に還元して行こうと思う。

 さて先日Linkin Parkの新譜が出た。しかしこのアルバム、賛否両論あるようだ。『否』の人々の意見としてはリンキンの大きな特徴のひとつであったラップ・パートがほとんどなく、全体に地味にまとまっていることがマイナスらしい。なるほど確かに今度のアルバムはかなり地味な印象がある。先行シングルを聞いたときは僕も「こりゃダメか」と思った。しかしアルバム全体を通して聞いてみると、そんなに悪い印象はなかった。僕はもともとリンキンの『切ないのになぜか熱くなるメロディ』という部分が好きで、ラップ・パートはそれほど重視していなかったせいもあるかもしれない。シングル曲もアルバムの流れの中で聞くとそれなりに生きている感じがしたし、彼らがやりたいことが伝わってくるように思えた。
 しかしながらリンキンパークに関してはそんなに詳しくないので、これくらいにしておく。今回の主題は<地味なアルバム>である。

 好きなミュージシャンのアルバムを発売のたびに追いかけていると、たまにものすごーく地味なアルバムに出くわす瞬間がある。その原因はおそらく大まかにふたつに分けられて、ひとつは単なる才能の枯渇であり、もうひとつはミュージシャンの心理の変化である。

 ブライアン・アダムスに 『Into the Fire』 というアルバムがある。ブライアンといえばブレイクしたアルバム 『RECKLESS』 に代表されるような派手でハツラツとした青春のロックンロールが魅力なわけだが、そんな彼のデイスコグラフィーの中にあっては、この 『Into the Fire』はまるでクレープ屋の行列に並んだ時の私のように浮いてしまっている。ライブの定番曲になった曲も入ってはいるのだが、ファンの間でもアルバムとしてはほとんど失敗作として黙殺されていると言ってよい。実際、これをリアルタイムで聴いていた十代の頃、このアルバムが好きだと言うと、洋楽好きの友達からは「わかってねぇなぁ」という感じで鼻で笑われたものだった。

 しかし、僕は好きなのである。

 このアルバムは確かにえらく地味なのだが、反面、非常に渋く、骨っぽい味わいがあるのだ。なんと言っても歌詞が良い。恐怖と戦うことを歌った 『Heat of the night』 、ネイティブ・アメリカンの大地への思いを歌う大作 『Native son』 など、硬派な感覚にあふれている。
 彼の才能が枯渇していなかったことはこの後の活躍からも明らかである。一説によればアイドル的な扱いをされ、パーティーソングやラブソングを書くことに嫌気がさしていたというブライアンの心理状態が投影された作品だったらしい。見方を変えればそういう時にこれだけの反骨心を搾り出せる彼は、やはりミュージシャンとして、男として一流だとも僕は感じるのである。
 それともうひとつ、このアルバムのライナーの解説は湯川れい子さんの筆によるものなのだが、その文章がこれまた良かった。全文ここに転載したいくらいだが、興味のある方は買うかレンタルするかして読んでみてもらいたい。もちろん、申し出があればいつでも貸し出しはOKである。

 ショウビズの歴史に埋もれ、アマゾンで検索してもずっと下にしか出てこないこのアルバム。だが僕にとってこのアルバムの魅力は何ら色あせることがない。今でも時折CDトレイに乗せ、ぼろぼろになってセロテープで継ぎはぎした歌詞カードに目を通す。気持ちが弱ったり緩んだりしかけた時にこのアルバムを聴くと、心の奥底にあるネジをググッと締め直したような気分になるのだ。


地味と渋いは紙一重


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